西都原 古墳群 菜の花 桜 [◆ 宮崎県いいところ]
『西都原古墳群 菜の花 桜』
宮崎県は晴天で、西都市にある「西都原古墳群」に行き
数日前に桜が開花したので、桜を撮影しました。
西都原古墳群の周辺を走りながら、満開したかを見ました。
桜はもちろん、菜の花も満開していて黄色いじゅうたんを
敷いたような感じで、綺麗でした(^-^)/
桜のほうですが、咲きくらいは桜の木々によって違いますが
大きな木は咲いておりますね
1週間後には、咲き乱れると思います。
それから帰る途中に、新富町で有名になった
「シバザクラ」が咲いております。
その芝桜(シバザクラ)で有名な個人宅があり、地元新聞や
テレビローカルニュース等で毎年シバザクラの
季節になると紹介されております。
全国ネットのテレビでも何度も取り上げられ、いまや
新富町の観光名所となっております。
そのスケールは、約600坪の広さと美しさに圧倒です。
宮崎県 高鍋町 観光 高鍋湿原 [◆ 宮崎県いいところ]
『宮崎県 高鍋湿原』
去年の10月31日で閉園して、今年の3月末に開園予定です。
高鍋湿原は、県営高鍋防災ダム工事で表土を削られた所に
周辺の林や沢から水が流れ込んで
湿原となったものです。
町の西部の海抜約60メートルの高台に位置しています。
東部と西部に分かれており、両湿原遊歩道は
トンボの橋で結ばれています。
「サギソウ」
自生している植物はサギソウ、ミズギボウシ、ミミカキグサ
ヘビノボラズなど約300種。
大陸系の寒地性の植物が多いのが特徴で、南限といわれる
植物も多数あります。
昆虫では、日本産では最も小さいハッチョウトンボのほか
ハラビロトンボ、コノシメトンボなど
数多くのトンボが飛び交っています。
「ハッチョウトンボ」
場所は、近くには「高鍋温泉」と「四季彩のむら」があります。
「四季彩のむら」
■住所:宮崎県児湯郡高鍋町大字上江6972-3外
■TEL:0983(23)3326 (高鍋町 社会教育課)
■公開期間:3月下旬~10月末(公開期間は、湿原の状況により
変更あり)
■開園時間:午前8:30~午後5:00
高鍋町はもちろん、隣町の川南町にも「川南湿原」
というのがありますよ(^-^)
都農町 金ふぐ ふぐ丼 [◆ 宮崎県いいところ]
『都農町 金ふぐ』
【金ふぐとは】
日向灘で捕れる天然で金色をした100グラム以上のシロサバフグ。
都農、川南両町の漁業者でつくる「みやざき金ふぐ振興会」の漁師たちが
10月~翌年2月にはえ縄か一本釣りで捕り、すぐ生けじめにする。
2009年度の漁獲量は54・4トン。10年11月に、県や県漁連が参加する協議会が
県水産物ブランド品に認証した。
この金ふぐは地元で売られており、家では大根と一緒に
煮付けして食べます。
美味しいですよ(^-^)
【都農ふぐ丼】
「都農ふぐ丼」は都農町の名産である金色の「ふぐ(シロサバフグ)」を
使った新ふぐ丼です。
地元で食べ継がれてきた「やっきり」という調理方法をどんぶり用にアレンジし
3種類の特性ふぐだしダレ、地場産の梅ダレ、紅葉おろしダレを
お好みでかけて食べるスタイル。
コラーゲンたっぷりのふぐの皮が入ったふぐ汁、季節の副菜&香のもの付で
一食880円の手頃な価格です。
取扱店舗は町内の四季の味うたげ、フルーツ&ベジカフェNANGOKU、一之宮食堂
新田食堂でいただけます。
宮崎県 いいところ 師走祭り 百済王伝説 [◆ 宮崎県いいところ]
『百済王 師走祭り』
今月の22・23・24日の3日間「師走祭り」が行われました。
師走祭りとは、旧暦12月14日から同16日に当たる日程(昭和10年代までは
9泊10日間の日程で行われていた)で、比木神社(児湯郡木城町鎮座)の一行が
フクロガミ(袋神、花笠ともいう)を奉じて、延々約23里におよぶ
決まりの道を神門神社(東臼杵郡南郷村鎮座)まで巡行し
そこに滞在して帰る祭りです。
それには往古、異国神(百済王の一族)がこの地に定着したとする
由来伝説が語り継がれています。
【百済王伝説とは・・・】
昔、百済の国において大乱が起こり、禎嘉王(ていかおう)と、その子の
福智王(ふくちおう)とが乱を避けて
女官・従者と共に日本へ渡った。
彼らは日向の国の小丸川の河口、現在の高鍋町の蚊口浦に上陸する。
禎嘉王は小丸川の上流、現在の南郷村の神門(みかど)に居を定め
王子の福智王は下流の現在の木城町の比木(ひき)に住む。
しかし、まもなく、追っ手がかかり、禎嘉王は現在の東郷町の伊佐賀で防ぐが
矢を受けて戦死する。
いま、南郷村の神門神社には禎嘉王を祀り、木城町の比木神社には福智王を祀る。
なお、小丸川河口の高鍋町の鴫野にある大年神社は、禎嘉王の妻にして
福智王の母なる之伎野(しぎの)を祀ると云う。
【比木神社】
高鍋藩の秋月歴代藩主より深く崇められ、社殿改築、鳥居の建立等
寄進奉納されている。
西暦660年朝鮮半島の百済が、唐と新羅の連合軍に攻め滅ぼされ
663年百済再興の戦いにも破れ、多くの王族
部族は日本の畿内へと亡命しました。
なかでも王族のひとり福智王は、現在の高鍋町蚊口浦に
流れ着いたといわれています。
福智王は百済からの追兵を鎮定後、よくこの地方を治めたので住民の尊崇をうけ
死後に比木神社に葬られました。それが比木大明神のいわれです。
【神門神社】
神門神社(みかどじんじゃ)は、宮崎県東臼杵郡美郷町にある神社。
祭神は大山祇神、百済の禎嘉王、倉稲魂命、品陀和気命(応神天皇)ほか。
本殿は国の重要文化財に指定されている。
『神門神社縁起』によると、奈良時代中期の孝謙天皇天平勝宝八歳(756年)、
660年に滅亡したはずの百済より政争を逃れたという王族の禎嘉王と
その子の福智王が日向の海岸に漂着し、やがて禎嘉帝は
神門の地に落ち着きました。
空飛ぶ新玉ねぎ 出荷 延岡市 [◆ 宮崎県いいところ]
『空飛ぶ新玉ねぎ出荷 宮崎県延岡市 』
宮崎県延岡市の「空飛ぶ新玉ねぎ」という新玉ねぎが出荷されました。
この新玉ねぎは、茎も丸ごと食べられることができて
甘味があって美味しいですよ。
【延岡市の空飛ぶ新玉ねぎとは・・・】
延岡地区の早生玉ねぎは、南九州特有の日照時間の長い温暖な気候から成長が早く
1月から収穫されます。
平成10年より日本一の早出し玉ネギとしてブランド化に取り組み、少しでも早く
美味しさを届けたいそんな生産者の夢を乗せて飛び立ってほしいとの願いから
「空飛ぶ新玉ネギ」というネーミングが生まれました。
奇抜なネーミングや緑の葉つきで真っ白な玉の柔らかさなどから
今や全国的なブランドに成長しています。
【特長とは・・・】
玉ネギなのに、辛みが少なく、ほのかな甘みとみずみずしさが楽しめ、サクサクとした
歯ごたえがたまらない生食用で、水にさらさず食べられます。
【歴 史】
“空飛ぶ新玉ネギ”は1996年に幾つかの農家が試験栽培を行ったことに始まる。
1998年から全国販売し、1999年にJA延岡が「日本一の超早出しタマネギ」と
商標登録した。
1998年より太陽熱の土壌消毒に取組み、2001年産より宮崎県より商品ブランド産地に認定。
安全・安心で信頼される産地作りが評価され、2003年産よりJA宮崎経済連特別栽培
農産物を取得し、2004年より減農薬減化学肥料栽培に取り組む。
これらの成果が認められ、2007年には農林水産大臣賞、県知事賞
経済連会長賞の3つの賞を獲得しました。
そんな延岡産の「空飛ぶ新玉ねぎ」をスーパーで見かけたときは
買って食べてください
宮崎県 郷土料理 チキン南蛮 有名店 [◆ 宮崎県いいところ]
『宮崎県 郷土料理 チキン南蛮』
チキン南蛮といえば、宮崎県の定番の料理ですね。
現在では、「チキン南蛮カレー」や「チキン南蛮丼」など、店によって
各種色々あります。
【チキン南蛮とは】
チキン南蛮(チキンなんばん)は、宮崎県発祥の鶏肉料理。
鶏のから揚げを南蛮酢とタルタルソースで味付けした揚げ物。
鶏南蛮(とりなんばん)とも呼ばれるが同名の蕎麦料理(かしわ南蛮)とは異なる。
元々はムネ肉を使用するのが一般的だったが、現在は脂肪分が多くボリューム感もある
モモ肉を使う料理店も多いのです。
今まで、「チキン南蛮」の店に寄って食べました
一番美味しかった「チキン南蛮定食」の店を発表します
車椅子なので、全部の店には行かれませんでしたので
ご了承下さい。
第1位 : 「たなか屋」 場所 児湯郡都農町
この「チキン南蛮定食」は、1000円で食べれますよ(^-^)
他のメニューも美味しいのです。
第2位 : 「お食事処の店 蜜柑」 場所 宮崎県宮崎市
味はもちろん良いのですが、他の料理一品と組み合わせが
自由にできるところが魅力ですね(^-^)
第3位 : 「おおさか屋」 場所 児湯郡高鍋町
この店は、「チキン南蛮」の3サイズがあり、大・中・小が当初からあります。
数年前から、特大のサイズがメニューに追加されたのです。
この3店舗の共通点は、とにかく柔らかくでタルタルソースが決め手なのですね
宮崎県 イルミネーション イベント かわみなみ電飾大作戦2015 [◆ 宮崎県いいところ]
『かわみなみ電飾大作戦2015』
宮崎県の川南町では、毎年恒例の「かわみなみ電飾大作戦2015」が
11月28日に点灯式が行われます。
サンA川南文化ホール(トロントロドーム)前にて
約25万球のイルミネーションで彩られます。
点灯式ではトロントロンドーム前にてミニコンサートなどが行われる予定。
周辺の商店街や個人宅でイルミネーションを点灯しているところもあります。
【イルミネーション・データ】
主 会 場 サンA川南文化ホール(トロントロドーム)前
開催期間 2015年11月28日(土)~2016年1月6日(水)
点灯時間 17時30分~22時
料 金 無料
明かりの数 電球・LED25万個
昨年の人出 10万3000人
【会場データ】
住 所 宮崎県川南町大字平田2386-3
アクセス (電車) JR川南駅→車7分路線検索
アクセス(車) 東九州道高鍋ICから国道10号経由10分
駐 車 場 あり、無料250台、無料
問 合 先 0983-27-1497/一般社団法人川南町観光協会
URL http://www.toron-boy.com
宮崎県いいところ 歴史 日南市 飫肥藩 城下町 [◆ 宮崎県いいところ]
『日南市 飫肥藩』
伊東藩五万一千余石の城下町飫肥は、町の中央部に清らかな
酒谷川が流れていて、男鈴・小松などの山々に囲まれた
景観と静かなたたずまいを漂わせます。
また、飫肥城・武家屋敷通りなど重要伝統的建造物群保存地区があり
歴史を感じさせてくれる町で「九州の小京都」と呼ばれています。
飫肥藩の歴史資料館は、藤原氏南家の子孫で800年続いた
由緒ある家柄である伊東家です。
その19代祐兵公が天昇5年(1587)秀吉より
飫肥城を賜って以来、明治4年の廃藩に至るまで
伊東家14代の城主がこの地を本拠としました。
この長い歴史の中で伊東家や家臣たちに伝えられてきた
甲冑・刀剣・武具・古文書衣服等飫肥藩に
ゆかりの歴史資料、約220点が
展示保存されています。
また伊藤家や飫肥藩の歴史をパネルを使い分かりやすく
説明しております。
伊東藩五万一千余石の城下町飫肥は、町の中央部に清らかな
酒谷川が流れていて、男鈴・小松などの山々に囲まれた
景観と静かなたたずまいを漂わせます。
また、飫肥城・武家屋敷通りなど重要伝統的建造物群保存地区があり
歴史を感じさせてくれる町で「九州の小京都」と呼ばれています。
飫肥藩の歴史資料館は、藤原氏南家の子孫で800年続いた
由緒ある家柄である伊東家です。
その19代祐兵公が天昇5年(1587)秀吉より
飫肥城を賜って以来、明治4年の廃藩に至るまで
伊東家14代の城主がこの地を本拠としました。
この長い歴史の中で伊東家や家臣たちに伝えられてきた
甲冑・刀剣・武具・古文書衣服等飫肥藩に
ゆかりの歴史資料、約220点が
展示保存されています。
また伊藤家や飫肥藩の歴史をパネルを使い分かりやすく
説明しております。
宮崎県 日向市 特産 平兵衛酢 [◆ 宮崎県いいところ]
『日向市特産 平兵衛酢 』
宮崎県の日向市特産の平兵衛酢(へべす)は、ハウスものは
6月と7月末まで、露地ものは8月から
10月上旬までに収穫するのです。
平兵衛酢(へべす)とは、夏の酢みかんのことです。
「すだち」より玉が大きく、「かぼす」より香りが優しく
ゆずより皮が薄くたっぷり果汁がとれると好評です。
平兵衛酢(へべす)の特徴は、非常にビタミンCが豊富なことです。
ビタミンCは直接細胞内の酸化還元現象を活性化し
同時に細胞内の呼吸作用の調整も行います。
さらに、タンパク質を合成する必須アミノ酸9種類のうち
8種類が含まれており、健康づくり体力づくりには
欠かせない一品です。
名前の由来とは、今から180年ほど前、宮崎県日向市の
富高という地区で見つけた長曾我部平兵衛じいさんに
ちなんでつけられました。
かぼすとは違って皮が薄くで、種が無く小さいのです。
宮崎県いいところ 歴史 高鍋藩 日向市美々津町 [◆ 宮崎県いいところ]
『高鍋藩 日向市美々津町』
宮崎県日向市の美々津町は、江戸時代は高鍋藩の藩領で
「貿易港・商業港」として栄えたのでした。
日向灘に面しており、耳川の河口を港として使われていて
近くには古くから町並みと「廻船問屋」の
建物が残されています。
昭和61年には国の重要伝統的建造物群保存地区に
指定されました。
昔ながらの町並みの景観を保ちながら守られています。
美々津は古い歴史を持つ港で、高鍋藩の商業港と貿易港
そして参勤交代として利用されたのです。
町並み以外には、「立磐神社」に隣には、「日本海軍発祥の地」の
石碑が建立されているのです。
その横には、「立磐神社」があり、神武天皇と
住吉三神を祀っている神社です。
町並みには、「日向市歴史民俗資料館」が
あります。
きれいな町並みが残っていますので、是非
立ち寄ってください(^.^)